はじめましてはじめました

はじめまして。私の主観で世の中で起きていることをブツブツと語るブログです。

日本の国際競争力のなさ

日本の国際競争力のなさについて考えてみた。




って言っても、




これはもうわかりきってることだけど。理由は、






「日本人の内向きな姿勢」 と「結果重視」だよな。




まあ「内向き姿勢」についてはわかりきってることだな、事実日本人は圧倒的に内向きだし。




問題はたぶんこのまま行けば世界に置いてけぼりになんてこと。




内向きでこわいのは世間知らずになること。例えば、ニートとか想像してくれ。




ニートって長い間社会に出てない。




出てないつまり、社会の常識を知らない。基準がそいつ自身になるから、余計に世の中を知らなくなるって言うより知ろうとしなくなる。





その姿勢が悪循環を起こす。





その後はご存じの通り、無知が原因で社会に復帰する機会を丸ごと逃す。機会って社会の流れに伴って姿を見せる場合もそう出ない場合もあるからね。





問題は、そういうやつが一人いるいないじゃなくて日本全体がニート化していること。






日本人ってクリスマスとか、ハロウィーンとか何でも他国の文化を商業化するけれど文化的なことは何も考慮に入れない。





前に大学の講師が言っていたが、「日本は文化を受け入れられるグローバルな民族だ。その証拠がクリスマスとか、ハロウィーンとか。」みたいなこと言っていたがこういうことをグローバルだと思うことが何より考えてない証拠だよね。





クリスマスもハロウィーンも企業が販売を促進する目的ででっち上げた戦略でしょーが。「クリスマスはケンタッキー」みたいな。いちいち、クリスマスにお祈りしたりハロウィーンの風習の意味を考えたりしない。





もちろん、そういう文化を考慮に考えない姿勢は自由があり商業的な機会が増える部分はあるけれど他の文化を学ぼうとしない姿勢って思わぬところで機会を失うことにつながる。






後、大学についてかな。日本の大学って(特に文系だけど)ビジネススクールみたいなとこあるじゃない。最近進んでる。だったら、大原だとかの専門学校に近い存在と変わらないし、





大学の研究っていう領域はどうなってるんだろう?






日本はこの3年間で、ノーベル医学・生理学賞と物理学賞を合わせて6人が次々と受賞してきた。




でも、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅さん曰くこれから10年先で見るととれなくなるらしい。





理由は、他の国が研究にあてる予算を増やす一方で
日本の大学では、論文の数を左右する研究者の数、研究時間、予算の3つの要素が減ってる。





日本の大学レベルが落ちるわけだよね。ビジネススクールがしないところに金をかけない大学。そしてそれを重視する企業が増えて、また大学はそういった企業の人事部に都合の良い人材を作るために努力する。これが今の大学の実態よ。





それで大学のランキング落ちたってバカじゃないの。そりゃ落ちるわ。きちんと競争しないで大学名だけでランキングが決まる今の日本。





他の大学はランキングを維持する前にきちんと競争をしている。結果の前には必ず要因があって、それをきちんと実行しているからその努力がきちんと結果としてランキングに顕れる。




一方の日本はというと、目先のランキングや企業との関係である結果にしか目を向けないからそれらの行動が手打ちになる。





さっき、NHKで介護番組で自分の妹に密着することを見てた。





介護を何年も続けているお母さんが、その初めて介護を始めたお兄ちゃんが介護している妹が笑顔をなかなか見せないことに悩んでいた彼に言っていたことが衝撃だった。




私たち介護を全く理解していない人の介護者に対する姿勢ってその人の幸せに対してでなく笑顔そのものを要求する姿勢になっていて、笑顔がすべての基準になっている。介護を受けていない私たちが笑顔を絶えずしているかと思うと決してそうでないし、それでも幸せに思う。それは、介護を受けている人も一緒で怒りたいときもあるし泣きたいときもある。笑顔を見せないことが不幸って感覚があの相模原の事件を起こして、犯人がではなくて社会の姿勢に問題がある。





みたいなこと言っていた。これはなるほどと思ったしこのお母さんにただ尊敬してしまう。




笑顔って幸せとイコールでは決してなく、私たちは結果を起こす要因・過程について考えるよりそこから起こるたくさんあるうち1つの結果にだけ目を向けがちになってしまってる。
よくベンチャー企業家が儲けているのすごいと思うけど、みんなその儲けた結果にしか目を向けてない。その結果を起こしたその人の努力など過程があってはじめて人に認められる結果が起きるのに。だから、結果から入るからそこからは何も生まれないし結果に繋がらない。当たり前って言ったら当たり前なのかもしれないけど、そういった姿勢でない日本人の結果としてあの事件が起こったと考えたら確かに理解できる。




自分もあの犯人自身がおかしいって考えだったから、このお母さんの発言には驚かされた。
どうしても犯人の考え(結果)が理解できないから、犯人は異常だったからという理由(過程)をでっち上げて話をうやむやにした姿勢を自分がしていたことを反省しないといけないと思う。





おそらくこのお母さんがそういった悟りというか、考え(結果)に至ったのもその二十数年という長い介護という過程を経た上でのことだと思う。本当にこのお母さんは素敵だったし見習わないと。本当に考えを改めさせられた。本当にありがとうございます。







それが、今の教育の問題にも顕れているんだろうな。





人事で学生を学歴フィルターにかけ選考することも結果しか見ていない。その学歴を手に入れる過程よりも結果にしか着目しない。






大学では、研究(過程)よりもどう儲けるか(結果)に目を付けているから職業訓練所をつくっている。
研究をして発表それが認められて初めて結果、人が集まるようになりやっとお金(結果)に繋がるのであって直接お金が生み出されるわけではない。今の負の効果は数年後に必ず起こるし、今すぐに直しても肌のターンオーバーみたいに効果はすぐに出ないから注意が必要だね。





結果はその過程がしっかりしていればついてくるけど日本人はその結果に目が行きがちだよってこと。あ、これって日本のクリスマスに関しての接し方にとても繋がっているね。その風習が起こる文化 (
過程)よりも風習そのもの(結果)に目が行く。






結局これが、日本人が様々な国の文化を取り入れやすいことに繋がっているけど、その裏で問題が起きていることは理解しなければいけないな。





話変わるけど後、今の大学って附属校多いから当てにならないんだよね。小中高大って教育じゃなくて訓練になっている。これはいつも言うことだけど、訓練と教育は違うからね。はっきり言って訓練なんてどこでもできるし、大人になってからでも遅くないし。だから附属校から競争なくいったやつ(結果だけ)と受験という競争の中で大学生になったやつ(過程プラス結果)って相当違うと思うよ。おそらく競争をしなかったやつは訓練レベルでは高いけど、競争というなかで勝ち負けを経験したやつにはそういう意味じゃ劣っているかもね。





私が言いたいのは結果ってのは色々な要素を反映した1つの結果に過ぎないからその結果にだけ目を向けるのでなくそれがどうして起きているのかそれを日本人はもっと意識していきましょうってこと。




あ、まだ続けるけど大変なので次回に回すことにする。でも、クイズ出しとくよ。次に答え合わせすることにしよう。




Q.
世界で年間どれくらいテロが起きているか?





知っている人って少ないんじゃないかな。だから選択にするよ!




いくつぐらい年間で起きているか、

1:   100
2: 500
3: 1000
4: 5000
5: 10000